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日本酒女子図鑑#4

アサノノリエ(にほんのもの応援社「和altz(わるつ)」代表)

ソムリエなどお酒に関する数々の資格を取得し、教育・コンサルティング・PR・審査員・ツアー企画・執筆活動、さらにはイラストやお料理レシピの作成まで。一言では言い表せないほど、多岐にわたる活動をおこなうアサノノリエさんとは一体何者なのか。日本ならではの“もの”を応援し、「造り手・伝え手・楽しむ人」を繋ぐ、彼女のマイストーリーとは。

アートを目指して

神奈川県で生まれたアサノさん。幼少期から絵を描いたり、料理を作るなどして、人をもてなす事が好きだったという。
「高校卒業後、アメリカに留学していた2人の姉の勧めで、アートの道を目指して19歳の時に渡米し、ボストンの2つの美大に通いました。在学中に色々と旅行に行きまして、メインは美術館なのですが、だいたい旅行先に行くとお酒があるじゃないですか(笑)。そこで最初に好きになったのがビールでした。旅をする中で、その土地の宗教や文化による様々な発見があって、アートの勉強をしているとお酒関係がけっこう出てくるんですよね。例えばワインと宗教画であったり、日本でもお酒は神道とかとも関わりがあるし。そういう部分が結構好きで、お酒文化を一つのアートとして捉えたいなと思っていました」。
帰国後はインターナショナルスクールで美術を教える仕事していたが、海外が恋しく、今後何をしたいのかを模索していた時、親族から職業訓練を勧められる。
「コーヒーや紅茶を勉強する学校に無料で通えるということで行ってみたら、勉強すること事がすごく楽しかったんですよ。もともと料理やおもてなしが好きだったので、美術館や画廊ではなく、飲食の道もありかもしれないと考え始めました」。

飛び込んだ飲食の世界

その後、旅先のドイツでビールが好きになったことから、ビールの輸入や飲食店経営をしている会社に勤務。やがて日本の地ビールがすごく好きになり、2年半後に地元横浜でクラフトビールを扱う会社に転職する。
「日本各地を旅行して、週末ごとに色んなクラフトビールのイベントなどに行っていました。当時は今みたいにクラフトビールの取り扱いが多くない時代だったのですが、自分で企画してイベントをしたり、地ビール関係の協会のお手伝いなどをして、活動の幅が広がりました。色々な場所に出張に行き、ビールを作っている人の話を聞くのが面白かったですね」。
今まで好きなものに没頭し、突き進んできたアサノさんに転機が訪れる。
「20代後半くらいの時って、色々考えるんですよ。ビールは楽しいけど、このままでいいのかなと。ちゃんとお酒のことを勉強しようと、サービスのプロの資格であるソムリエを受けようと思い、ワインスクールに通いました。32際の時にソムリエ資格を取得し、日本のワインを扱うお店で働きたいなと思って、有名ソムリエの会社に入社することになりました」。

そして日本酒の道へ

やがて店舗の店長となったアサノさん。ここで日本酒に関わるきっかけが訪れる。
「ソムリエとはサービスのプロだから、ワインだけでなく国酒である日本のお酒のことも知らなければならないということで、その時の私はSAKE DIPLOMAの資格を受けざるを得ない環境でして…。それで仕方なく、利酒師の資格なども取りました(笑)。私の年代では焼酎ブームがあって、焼酎は好きだったんですよ。ただ日本酒は飲めないのにどうしようかなと思いましたね。それまで日本酒には全然興味がなかったんです」。
ところが、いざ学び始めると日本酒の作り方や歴史、その神秘的な奥深さに魅了されてしまったという。
「それまで行ったことがなかったので酒蔵に行こうと思い、いづみ橋(泉橋酒蔵株式会社)さんに行きました。神奈川なのにお米の栽培から伝統的な生酛造りまでやっている日本酒の酒蔵があるんだなとびっくり。酒蔵には神棚がありますよね。神聖な場所なので、ここには入ってはいけないとか、そういう感じがすごく好きで、酒蔵って神秘的だと思ったんですよ。それから季節ごとに酒蔵さんに行くうちに、だんだん飲めるようになってきたんです(笑)」。

ご縁の輪を繋げるため、独立

チーズと熟成酒の魅力に触れる会の模様。

30代後半に差し掛かったところで体調を崩してしまい、再び今後何をしたいのかを考える機会が。
「飲食店を続けることは難しいと考え、思い切ってソムリエを辞めました。旅行が好きだったのでツーリズムに興味を抱いて、また職業訓練に通って添乗員資格を取りました。日本酒にあまり興味がなかった私が、実際に酒蔵さんや現地に行って感動したように、お客様を連れて行って体感してもらいたい。お客様にも造り手にもこんなにいいことはないんじゃないかと思って」。
学校に通いながら、日本酒コンクールにも挑戦。様々な上位資格も取得する。
「卒業後は日本酒関係のイベントやPR、ツアーなどを企画する会社に入社しました。そこで日本酒から生まれる“ご縁”をすごく感じて、たくさんの知り合いの方と関わり、声を掛けられるようになりました」。
その後、父親が他界し、母親が一人暮らしになるために時間の融通をつけながら働くことを考え、地元に戻り独立。「にほんのもの応援社 和altz (わるつ)」を立ち上げることとなる。
「テーマは、造り手・伝え手・楽しむ人を“ご縁の輪”と共に繋ぐこと。“造り手”である生産者の支援、“伝え手”の教育、“楽しむ人”である消費者の普及を通して、日本ならではの“もの”を応援すること。そんな想いを友人に語りながら、指で三角形を描く動きをワルツの指揮棒の振り方に見立て「にほんのもの応援社『和altz』」という名前を思いつきました。ちなみにaltって私が好きなドイツ語で古いという意味なので古い伝統的な文化を大切にしたいという想いを込めています」。
現在は、造り手の代わりに営業活動やPR、飲食店向けのコンサルティングや教育、イベントの企画や運営、ツーリズムやセミナー、記事の寄稿、賞の審査員など、「にほんのもの」を国内外に広める活動をおこなっている。

プライベートでの日本酒

仕事柄、普段お酒を飲む機会の多いアサノさん。プライベートでは、日本酒をどのように飲んでいるのだろうか。
「最近ではテイスティングコメントを書いてくれと、一気に日本酒が20本も送られてきたりして(笑)。今年の夏に、とうとうレマコムの冷蔵庫を買っちゃいました。日本酒用ではないですが、温度を色々変えられるので便利なんですよ。飲食店時代からそうだったのですが、仕事の後は始めにシュワッとしたいタイプなので、いきなり日本酒は飲まないですね。まずはビールか、最近は焼酎のソーダ割りとかを飲んでいます。日本酒は、その後にちびちびと飲む感じです。また料理が結構好きなので、家で作ったものと合わせて飲んだりもしますね。四季ごとの美味しい日本酒と、季節のお野菜やお魚、フルーツなど、季節感を大事にしています。家でずっと仕事をしている事が多いので、夜に書きものをしながら、時間を掛けてずっと何かを煮込んだりするのも好きです」。
そしてチーズプロフェッショナルでもあるアサノさん。日本酒とチーズは共通点がたくさんあるそうで、自宅には多くのチーズを用意しているという。
「毎月定期的にチーズと日本酒のセミナーを行っていて、その相性の面白さを提案し続けています。大変好評なので日本酒女子会向けにもやってみたいですね!」。

アサノさん所有、レマコム社製の冷蔵庫。

日本酒女子会メンバーに向けて

「全国一斉 日本酒で乾杯!2021」オンラインイベントの模様。

「日本酒女子会との関わりは、去年『全国一斉 日本酒で乾杯!』というイベントで、日本酒女子会代表のエイミーさんにお声掛けしたのがきっかけでした」。
現在アサノさんの活動の柱として特に力を入れているのが、“伝え手”である飲食店、販売店、宿泊業などといった提供者への教育だそうだ。そんな彼女が今、日本酒女子会に求めることとは。
「正しい知識を持って楽しく。ということを特に女子には伝えたいです。最近は”女子”と付くものは買わない女子が増えたというニュースがありましたが、売り手や生産者はターゲットとして初心者や女性ということをまだまだ考えるんですよね。私の仕事のターゲットも、初心者・女性・外国人なんです。“日本酒と女子”ということは、とてもいいことだと思います。女性が日本酒を飲んでも当たり前の時代に、一部がそう言っているだけで実は女性にお酒文化はそこまで浸透していないので、むしろ私はすごく応援しているし、私が間に入って何かできることはないかなと思う。特に今、日本酒業界は本当に困っています。最近は日本の蔵の人が海外に行ってプロモーションができないので、オンラインでの様々な取り組みが増えました。女性目線で日本酒のことを普及している日本酒女子会ができることは、日本酒のことだけではないと思うんですよ。酒器、お料理、コスメなど、女性をターゲットにしている業界と繋がれば、別の切り口から日本酒に貢献することができる。私も別のアプローチで色々と仕掛けていこうと思っているので、そうやって色んなところを繋げていけたらいいなと思っています」。

アサノさんと造り手・伝え手・楽しむ人たちによるオーケストラ。彼女がアートと称する“にほんのもの”の素晴らしさは、奏でる「和altz(わるつ)」のリズムに乗って、きっと国内のみならず、世界中へと広く伝わっていくことであろう。なぜなら指揮を振る彼女自身が、伝え手であり、教え手であり、そして一緒に楽しむ人なのだから。

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