日本酒女子図鑑#9

澤田薫(「澤田酒造」代表取締役社長)

白老の伝統を受け継ぐ蔵元として

清酒「白老」で有名な、愛知県常滑市の澤田酒造(※1)の6代目である澤田薫さん。2015年10月に父・研一さんから蔵元を引き継いだ。
「私はお酒造り、いわゆる杜氏の仕事はしていません。瓶詰め商品の調合の唎酒をして、商品の最終部分を決定し、白老の味を決めていくことをしています。小さな会社なので人が潤沢にいるわけではなく、製造部・営業部・物流部・経営企画部・総務など全般の部長として、色々なことを兼務しながらやっているので、あっという間に一年が過ぎていきますね。どちらかというと、私は裏方の部分をしっかりとやっていくという感じです」。

幼少時代の澤田薫さん

小さい頃から酒蔵で育った薫さん。物心がついたときから、常に日本酒が側にあったという。
「酒蔵は神聖な場所なので、なるべく近寄らないような感じではあったのですが、印象的だったのは、幼い頃に風邪をひいて苦しいとき、母がお酒をガーゼやハンカチなどに浸して、それを首に巻いたりする酒湿布というものをよくしてくれました。民間療法的なもので、そうして寝ると寝苦しいときに眠りやすくなるんです。家では料理酒の事を煮汁(にしる)と呼んで、出汁のように料理にドボドボと使っていたので、そこが他の一般家庭と違って、身近な存在であったのかなと思います」。
大人になってからは日本酒をいつ飲んだのかという記憶がないくらいと話す薫さんは、最初から蔵を継ごうとは考えていなかった。
「一人娘だったので、蔵の跡取りとしては私しかいないという状態でした。お婿さんをもらって、その人が社長になるというのがよくある酒蔵さんのパターンなのかなと思いますが、私は酒蔵を継ごうとは思っていなかったですし、イメージができませんでした。その時々で自分の興味があったことをしてきた感じです。大学時代は異文化コミュニケーションが好きだったので英語を学んだり、本質的に美味しいものを好む両親だったので、近海で取れる旬のものを食べたり、幼い頃から私も食というものへの関心がずっとありました。「美味しんぼ」が昔から私のバイブルです。それで大学卒業後は、食品スーパーマーケットで働きました。食文化の追求をしたいと思っていたのですが、それなら自分たちの酒蔵でまさにそれができるのではないかということに時間を掛けて気づいていきました。事務員さんが定年退職されることをきっかけに、酒蔵に戻るという自然な流れになりましたが、両親から酒蔵を継げと言われたことはなかったですね」。

6代目を引き継ぐことの重みがあったそうだ。
「11年前に夫と出会い、2ヶ月で結婚しました。彼も一人っ子だったのに婿に入ってくれたのですが、私が社長になるのなら蔵に入って支えるよと言ってくれました。やがて子供が2人生まれて長男と次男を育てながら、家族に助けてもらいつつ、何とかここまでやってきた感じです。家族の支えがなかったら、今の私はないと思っています。子供は9歳と6歳なのですが、周りから言われ続けると嫌になってしまいますし、自分もそうだったので、私から酒蔵を継いでくれとは絶対に言わないでおこうと思っています」。

麹室の火災

左:火災が起きた麹室 右:復活を遂げた麹室と蔵人たち

2020年11月27日、澤田酒造は麹室が全焼するという火災に遭ってしまう。当時の胸の内について語ってもらった。
「お昼時に突然火災が発生したという連絡を受けて、最初は信じられなかったんですが、初期消火もできないくらいにあっという間に燃え広がっていきました。やがて消防が到着し、周りに野次馬が沢山集まってきて。消防士さんからの質問にもタメ口でようやく答えられるというくらい気が動転してしまっていて、もう蔵が廃業になるかもしれないという覚悟を持ちました。幸いなことに何とか消し止められて、麹室以外はほとんどの場所が大丈夫だったということが数時間後に分かり、そこからはSNSに発信したことを皮切りに想像以上の方々から励ましのメッセージをいただき、どうしたら続けられるかという私からのSOSに答えていただきました。そして数時間後には、義援金の口座が立ち上がっていました。愛知県は醸造の繋がりが深いので、横の繋がりの方々に立ち上がっていただいたんです。これまでの色んな繋がりが総動員され、私たちの酒蔵が仕込みを再開できたのは、約2ヶ月後の1月21日からでした。何とか残していたお米でお酒ができて、本当にたくさんの方々からの義援金を使わせていただき、2021年の夏に麹室を建てることができました」。

日本酒女子会との出会い、そしてクラウドファウンディングへ

「日本酒女子」の3人と澤田薫さん

日本酒女子会副代表の神谷さんは地元出身ということで澤田酒造と縁があり、所属する音楽ユニット「日本酒女子」で、お酒と曲のコラボレーションをする予定だった。ところが一転、澤田酒造の麹室の火災を受けて、楽曲作りも振り出しに。しかし「白老」を飲んで応援しつつ、さらに楽曲を通じて応援したいという想いから、クラウドファンディングを提案する。
「愛知県の酒造関係者の方に、同じ愛知県出身である日本酒女子会の神谷さんをご紹介いただきました。まずそういった会があることを知らなくて、メンバーの方が日本酒をテーマに音楽活動をされているということを初めて知ったのが、2020年の秋頃です。最初にクラウドファウンディング(※2)の提案をいただいたときは、うちの酒蔵でいいのかな、迷惑なのではないかと思ったのですが、すごく嬉しくて感激しました。私はお酒が繋ぐ人の縁というものをとても大事にしているので、まずいただいたご縁を一つ一つ丁寧に、自分ができる形でクラウドファウンディングに全力で取り組ませていただこうと思いました」。
クラウドファウンディングには、2021年に新生白老として新しい麹室で造られた麹を使った初仕込みの3種類の日本酒がリターン品(※3)として用意された。
「純米大吟醸の「愛薫」は当初の製造計画を変えて作ることになりましたが、地元・常滑産の山田錦で実現することができて、すごく良かったなと思っています。応援していただいた日本酒女子会さんには、改めては感謝の気持ちを伝えたいです」。

「白老」造りに対するこだわり

清酒白老の味わいと酒造りには、こだわりがあるという。
「私自身、白老は結構個性的な味わいだと思っています。知多半島は古くから醸造業が盛んで、酒造りの歴史も深く、また豆味噌やたまり醤油といった天然のアミノ酸による旨味やコクがたっぷりある醸造食品の生産地として発展してきました。そしてそれらの調味料に合うような濃醇な、旨口のお米の味がしっかり出たお酒が、伝統的に造られてきた地域です。なので、澤田酒造も代々継承してきていますし、その味が好きなので続けています。そういった濃い味が出るように麹造りも麹蓋を使って、一つひとつ丁寧に造っています。決して流行りのお酒ではないけれど、それはそれでウチの個性かなと考えています。お酒単体で飲んでいただいても嬉しいですが、地元の郷土料理と一緒に飲んでもらいたい。愛知・知多半島・常滑ということを想像しながら飲んでもらえると、造り手としてはとても嬉しいです」。

普段の日本酒の楽しみ方

酒蔵の社長である薫さんのプライベートでの日本酒の飲み方とは。
「夕飯のタイミングで飲むことが多いです。釣り魚などの旬の食材をシンプルに料理して、それを日本酒といただくことが多いですね。白老以外のお酒も、知り合いの酒蔵さんのお酒や流行りのお酒を酒販店さんで買ったりします。普段はお酒の味を決めなければならない立場なので、リラックスして日本酒を飲むということが実は難しいんですよ。職業病というか、分析モードになってしまうので、晩酌で飲んでいても落ち着かないんです。ついつい他のワインやビールにもいきがちです(笑)」。

女性社長としての想い

女性の感性が日本酒の味に反映することはあるのだろうか。
「女性の責任者ということでよく聞かれるのですが、お酒造りでも、太くてごっつい味のお酒を作る女性の杜氏さんもいらっしゃるし、私は私なので、女性ということをそんなに意識してはいません。ただ日本酒は男性が飲むイメージがまだ強いですし、私が蔵に戻った13年前は日本酒の唎酒会などに行っても完全に男性社会でした。でも今は女性がいない蔵はないくらいじゃないですか。女性が活躍しているというのは、すごくいいことだと思います。業界自体が低迷しているところもあるので、そういう女性の活躍がスポットライトの当たる要因にもなると思いますし。男女問わず、色んな方に日本酒の良さや楽しさを知って、飲んでもらえたらと思います」。
女性たちが集まる「日本酒女子会」という取り組みについてはどうだろうか。
「すごく期待しています。日本酒が好きでも自分の身近にはあまりそういった方がいらっしゃらないという場合もあると思うんです。今まではなかなか繋がりが持てなかったけれど、今はSNSが発達して日本や世界中の日本酒好きな方と繋がれるようになりました。自分の好きなことを追求するという上で、その機会を作ってもらえて、すごくいいコミュニティだと思います。日本酒でワクワクを純粋に楽しめるので、私も女性ならではの楽しみ方を知って感じることができると思いますし、これからも大いに盛り上がっていただきたいなと思っています」。

澤田薫さんの夢

「私の夢は、澤田酒造が創業200年を迎えること。今174年まで来たので、あと26年頑張って、この蔵を守りたいという大きな夢を持っています。私は「縁尋機妙多逢聖因(えんじんきみょうたほうしょういん)」という言葉を大事にしていて、いい人やいいものに交わっていると、いいご縁に恵まれるという意味があるんです。なので、昔から大事にされてきたもの、長くこの地で愛されてきたもの、そういったものの持っている価値や本質性を大事にしたいなと。人生を豊かに、幸せにしていきたい。いいお酒との出会いがいい人生を作るっていうのをお酒造りの信念にしているんです。何が正解かは分からないですが、そんなお酒を造り出せるような酒造家人生を今後も歩んで行きたいなと思います」。

澤田薫さんの想いは、創業200年に向けてしっかりと繋がっていく。以前、日本酒女子会HP「サケスポ。」(※4)の記事でも紹介した「常滑屋」では、澤田酒造の日本酒をたっぷり堪能することができる。みなさんも実際に愛知県へ足を運び、澤田薫さんの強い信念と郷土愛から作り出される「白老」を是非、地元を感じながら味わっていただきたい。

※1 澤田酒造
https://hakurou.com/
※2澤田酒造【新生白老】はじまりの酒で乾杯!五感へ想いをお届け!
https://www.makuake.com/project/hakuroureborn/
※3・「愛薫」純米大吟醸酒 槽場直汲み生原酒 地元常滑産山田錦 720ml
・「夢薫」純米吟醸酒 槽場直汲み生原酒 地元常滑産夢吟香 720ml
・「海薫」純米酒 うすにごり生原酒 地元常滑産若水 720ml
※4サケスポ。#8「常滑屋」
https://sakejyoshikai.com/sakesupo/tokonameya/

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