日本酒女子図鑑#8

氏家エイミー(日本酒女子会代表)

2012年に制定された2月14日の「日本酒女子会の日」も今年で2年目を迎え、その日に合わせてリニューアルされた日本酒女子会のホームページ。その記念すべき最初の記事となる今回の『日本酒女子図鑑』に、満を辞して日本酒女子会代表の氏家エイミーが登場!いつも明るく笑顔が絶えない彼女の魅力に迫った、知っている人もまだ知らない人も必見の特別編をお届けします。

宮城県で双子の姉弟として生まれたエイミーさん。幼少時代は、電車の中で島倉千代子を突然歌い出して周りを困らせるような活発な女の子だったそう。母親の影響や合唱が盛んな幼稚園にいたこともあって、常に音楽が身近にある環境で育った彼女は、小・中学生になると読者モデルをするなど芸能や音楽の道に興味を持ち始め、高校卒業後に東京へと上京する。2年間通った芸能スクールを卒業した後は、芸能事務所に所属していた時期もあったという。オーディションや歌手、アイドル活動をおこなう中で、次第にナレーションなど色々な仕事が来るようになり、フリーランスとして活動を始める。そんなとき、日本酒との出会いが突然やってくる。
「その頃は色々なバイトをしながら生活していたのですが、やがて酒屋さんで働くようになりました。そのお店は週1回のスタッフによるテイスティング会がありまして。私は店舗の担当を任されていたので、数種類のお酒を味見し、香りを確かめたりして、お客さんに商品の説明ができるようにしていました。そこで初めて自分の好きな日本酒の味というものに出会いました。日本酒にも好みの味があるのだなと。そこから日本酒が好きになっていったのだと思います。ちなみにそのときの日本酒は、新潟県・青木酒造の『鶴齢ひやおろし』というお酒で、その日のうちに一升瓶を買って帰りました(笑)」。
それまでは日本酒にどのようなイメージを持っていたのだろうか。
「昔からお酒の場は好きでした。親戚はみんな仲が良かったので、家に集まってお酒を飲んでいるおじさん達の話をよく聞いていました。お酒のおつまみにも子供の頃から興味があり、小4のときに一番ハマっていたおやつは“イカの塩辛”でした(笑)。もともと父が日本酒党だったので、東北の血というか、昔から“日本酒を飲むぞ!”という気持ちはありましたが、いざ飲み会などで熱燗を注文しても飲み過ぎて気持ち悪くなったりしていたので、当時はイメージとして良くも悪くもなく、美味しいとか感動したという感情は特にありませんでしたね」。

“好き”から“伝えたい”気持ちに

「酒屋さん時代には酒蔵見学や蔵元さんのお話を直接聞かせていただく機会があったので、一つひとつが勉強になりました。造り手さんの人間的な素敵さやプロフェッショナルな姿勢に音楽同様、ジャンルを超えた“ものづくりの素晴らしさ”というものを感じました。そうして日本酒がどんどん好きになっていくと、今度は“その魅力を伝えたい”という気持ちになっていったんです。ただ当時は、同世代で一緒に飲みに行ける人が周りにほとんどいなくて、そういう人達に伝えていかなければといけないなと。また業界全体の消費が下がっているという事実も知り、何とかしなくてはという想いが日に日に強くなっていきました。店舗から頑張って商品の魅力を伝えていましたが、造り手さんが一生懸命に造った商品をお客さんにどうやって魅力的に伝えるかということを真剣に考えるようになっていきましたね」。

自分にできること…、それは音楽を通じてこの想いを伝えていくこと。そうして彼女は音楽という自身のフィールドで行動に移していく。
「まずライブハウスにオススメの日本酒を持って行くようになりました。酒屋さん限定のCDを出したり、日本酒のケースの上に座って、酒屋さんで歌わせてもらったりもしましたね。またYouTubeで、女性に日本酒を飲んでもらおうという企画もしました。この頃はネットでブログが流行ってきた時期だったのですが、女性の発信力がすごくて。女性に日本酒を好きになってもらえれば、SNSを使って広がる可能性があるなと思っていました」。

日本酒の魅力をより多くの人々、そして女性に伝えたいという気持ちは、やがて日本酒女子会の発足へと繋がっていく。
「2015年におこなわれた『FUTAKO日本酒女子会』というイベントがきっかけですが、このイベントは初年度に300人くらいの来場があって。ワイングラスで日本酒を提供したのですが、きれいに日本酒を飲みたいと思っている女性がこんなにもいるんだと気づきまして。そんな中で、たまにではなく、もっと頻繁にみんなで飲みたいなと思いました。ちょうど女子会が流行ってきた時期でもあったので、仲間を募って“みんなで日本酒を盛り上げよう!魅力を語り合おう”という気持ちで、日本酒女子会を作りました」。
その後、働いていた酒屋を卒業し、2017年に唎酒師の資格を取得。
「日本酒の発信をする際の説得力が欲しかったんです。改めて日本酒の勉強をすることで、知らなかったことをさらに知ることができたので、すごく良かったなと思っています。2021年には「日本酒学講師」の資格も取得しました」。

想いは福島へ

内堀福島県知事と福島のお酒をPRする氏家エイミーさん

これまで東京で暮らしていたエイミーさんは、2018年に福島県への移住を決意する。
「2011年に東日本大震災が起きました。当時酒屋さんで働いていたときも福島への風評被害はたくさんありましたが、私はそういった言葉をはねのける説明ができずに、その違和感やモヤモヤが自分の中にずっとありました。酒屋さんを辞めた後、中田英寿さんがプロデュースされているイベントで、会津の蔵元さんと再会したのが移住のきっかけです。そのとき蔵を見せてくださいと伝え、その後に会津に行った際に蔵元さんから“会津を伝えて欲しい”と言われまして。出身が宮城県ということもあり、そして周りに東北を応援したいという声がたくさんあったので、日本酒女子会を通して何かできないか、福島の為に役に立てることはないかと思いました。震災をきっかけに、いずれは東北に帰るということを自分の中で決めていたので、酒屋を辞めたタイミングと東北で何かをしたいという私の想いがちょうどリンクしたんですよね。福島の自然に癒やされたり、美味しいお酒や人に触れる中で私自身も救われましたし、救ってくれた人や応援してくれる人達に気持ちを返したいと思って曲を書いたりしているうちに、気づいたら福島にいました(笑)。行ったり来たりしていたので、そうであれば住んでしまえと」。
現在は地元の宮城県に戻ったが、約3年間の福島県への移住を通して変化があったという。
「福島県喜多方市の笹正宗酒造とコラボレーションさせていただき、『こころゆるりん』という日本酒を実際に作らせてもらいました。また日本酒女子会で、蔵見学ツアーもおこないました。」

写真右:こころゆるりんの発売を伝える新聞記事

そもそも福島県の中でも、なぜ会津若松市に行ったのだろうか。
「仙台の小学校は修学旅行でだいたい会津若松に行くんですよ。それ以降にこんなにも会津にご縁ができるとは思っていませんでしたけど。もちろんその頃はこんなに地酒が美味しいということも知りませんでした。日本酒きっかけでいろいろ飲み歩きするようになって、お米も本当に美味しいし、馬刺しも最高すぎて…。会津に胃袋を掴まれた女なんです。温泉もあるし、歴史もある。そういった地域の魅力に触れて、あれもこれを発信したいなと思うようになりました。そうしているうちに、たまたま会津若松市の観光大使に推薦してくださる方がいて。観光大使になったことにより、さらに発信力を増すことができたなと思っています」。

これまでの日本酒女子会

今年で7年目を迎える日本酒女子会。これまでの日本酒女子会を振り返ってもらった。
「本当に色々と大変でしたね(笑)。最初のきっかけは軽いものだったのかもしれませんが、運営していく中で、日本酒が好きって言えない人や情報を共有したいなと思っているけど行く場所がなかった人達がたくさんいるということを実感しました。そういう日本酒難民の人達に対して何ができるかと思って、必死に形にしてきた7年間でした。毎年メンバーが100名単位で増えていく中で、数々のイベントなどをおこなってきましたが、参加した人達に楽しかった!と言ってもらえるように、裏方に徹しつつ一生懸命盛り上げてきたつもりです」。
もちろん嬉しいこともたくさんあったと話す。
「メンバーの方から“女子とずっと日本酒飲みたかった”という声をもらったり、トランスジェンダーの方から“日本酒女子会が性別を超えて自分を受け入れてくれたことが嬉しかった”と言ってもらったり。幕張メッセで開催されたイベントに呼んでもらったことや京都のイベントのときもそうですが、行事ごとに毎回得られるものがあって、誰かの為になっているんだなと思えてきたからこそ、今まで続けて来られたのだなと思います」。

そしてこれからの日本酒女子会

「日本酒について詳しい女性がたくさん増えてきて嬉しいなと思う一方で、日本酒初心者に優しく、そしてよりそう存在でありたいと思っています。“日本酒女子”というブームを作りたい!“じょしゅる”という言葉もそうですが、やっぱりブームを作らないとダメだと思いますね。また日本酒の海外需要も増えてきたので、いつか私たちから発信して日本酒女子サミットをやってみたいです。日本酒紅白歌合戦みたいなこととか。色々と楽しみながら、日本酒の魅力を伝えられるように今後もやっていきたいです。メンバーもどんどん増えて、知識を持っている先輩が新しい後輩に日本酒のことを色々と教えてあげるとか、メンバー同士が交流をすることで、みんなが詳しくなって欲しいです。また「日本酒学講師」の資格を取得したことで、私自身が「日本酒ナビゲーター」という資格を発行できるようになりました。そういった資格を持つと嬉しいと思うし、知識を伝えたくなると思うんですよ。“おいしく、たのしく、はなやかに”はもちろん、次のステージとして、ちゃんと日本酒の魅力も学べるようなところも用意してあげたいなと。酒蔵見学もそうですし、知識的なところもそうですし、日本酒女子会のメンバーになっていただいたら、色々なことを持ち帰っていただける会でありたいなと思っています!」。
そして、これから新しく日本酒女子会を知ってくれる方へのメッセージももらった。
「私は表に出る仕事をしていますし、顔も見えない人が代表として運営している会ではないので、安心してもらいたいなと思います。例えばラジオなど、他のジャンルの中で私が出ているかもしれません。ぜひ気楽な気持ちで参加していただければありがたいです。女子の日本酒の会は色々と存在していますが、活動が終わってしまっている会もあるんですよね。日本酒女子会はこれからも存続し続ける“現在進行系”の会として、どんどん日本酒の魅力を発信し続けていきます!」。

氏家エイミーという人物像

ここでエイミーさんの日本酒ライフについても触れておきたい。
「普段は自宅で飲むことが多いです。2018年から毎週ラジオ番組をやっているのですが、月ごとに酒蔵さんをピックアップして業者ばりにその日本酒を購入し、番組内で味をどう伝えるかを晩酌のときに吟味しながら飲んでいます。蔵元さんと飲みに行くこともあるので、情報を聞いて福島や宮城の地域の飲食店をめぐるようにしています。必ず“美味しい”と“まずい”の両方を経験しないといけないかなと思っているので」。

日本酒と音楽という大きく2つの軸を持つエイミーさんにとっての仕事との関わり方についても聞いてみた。
「“エイミーさんは、何をやっている人なの?”という質問をすごくされるんですよ。今はパラレルワーカーという言葉がありますが、そういったスタイルでずっと生活をしてきました。日本酒と音楽の活動もある程度年数を重ねてきて、任される仕事も変わってきたように思います。島が好きで、日本酒が好きというところから、昨年は日本酒の先生として講義をお願いされました。県の仕事はもちろん責任があります。求められているポジションが変わってきているので、すごく頑張って食らいついているような感じかなと思っています。私がやりたいのは、日本酒を好きになってもらうきっかけをたくさん作ること。花を咲かせるというよりは、種まき作業というか。それが自分の役目かなと思って、ずっと取り組んでいます。日本酒の味わいを曲にしたり、全国47都道府県の曲を書いたりして。やりたいことはやってきたなという感じです。新しい試みとしては既にやられている方もいらっしゃいますが、学生さんに日本酒の嗜み方を教えていきたいですね」。

そんな彼女を突き動かす原動力とは、一体何なのだろうか。
「考えるより行動。ふとしたきっかけで、こんなことしたいとか伝えたいというときに、思っているだけではなくて資格取ったり、移住したり、観光大使になったり。色々なアイデアを出して実現したら楽しそうだなというワクワクする気持ちの根本になっているのは、日本酒が好き、音楽が好き、蔵元さんが好き、会津が好き、福島が好き、そういったシンプルな気持ちです。それをすることによって、人が喜んでくれるかなと思うんです。でもやってみないと分からないので、まずは形にしてみる、トライをしてみる。あまり失敗を恐れないというか、それがどうした!くらいの感じなんです。とにかく色々なことに興味がある人間なんですね」。
また自分自身を俯瞰で見たら、どういった言葉をつけるのだろう。
「みんなのエイミーかな(笑)。とにかく求められることはやっていきたい。柔軟に色々できる人でありたいと思っているので、この人を応援したいと思ったらできる限り、応えていきたいです。」

エイミーさんの座右の銘は2つあるという。「日々精進」と、会津出身である新島八重の名言「美徳を以て飾りと為す」。“人間にとって本当に大切なものとは内面の輝きである”という言葉の通り、“好き”というシンプルな気持ちを胸にこれからも進んでいく彼女は、きっと日本酒の魅力をまだ知らない女性達や世界中の日本酒難民、そして日本酒女子会を引っ張って行ってくれることであろう。氏家エイミーという人間が代表だからこそ、日本酒女子会はこれからもっと面白くなる予感がする。

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